こころ 社会

優しさと強さ

「優しさと強さ」

 

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「むぎちゃん🐔、前から気になっているのですが、優しさって何ですか?」

 

🐔
「面白いわね。優しさって言葉は知ってるけど、その中身は非常に難解だと思う。まずは、優しさって何かを考えるために、ひとつのエピソードを紹介するわ。」

 

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「どんなエピソードですか?」

 

🐔
「それは『2014年の夏の甲子園で優勝した、大阪桐蔭高校、中村キャプテンのエピソード』よ。記者の方が書いてくださった記事が非常にまとまっているので、そのまま記載させて頂くわね。」

 

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大阪桐蔭高校が第96回夏の甲子園で頂点に立った。1点を追う苦しい展開だったが、7回2アウト満塁からキャプテンの中村誠が執念でセンター前に落とし、決勝の2点タイムリー。深紅の大優勝旗が2年ぶり(4度目)に同校に戻ってきた。優勝を決めたとき、中村の目には涙が浮かんでいた。苦しみから解放されたのだった。2学年上の阪神の藤浪晋太郎投手、1学年上の西武の森友哉の在籍時のチームのように夏の甲子園に出られるのか。そんな不安の中で新チームはスタートしていたからだ。中村は、

「ここまで来るのにどれだけきつい練習をしてきたかわからない。歴史に名を刻みたい」

と意気込んで試合に臨んでいた。中村は勝てなかった昨年秋を思い出していた。選抜出場の履正社にコールド負け。個々の能力は全国レベルなのに、我が強すぎてチームがまとまらない。自分だけの練習ばかりで西谷浩一監督からは、

「この取り組みでは日本一なんかなれない」

と弱いチームだと指摘された。主将の中村は悩んだ。寮に戻っても、考えるのはチームのことばかり。偉大な先輩が築きあげてきた歴史に泥を塗ってしまうのではないか。リラックスできる風呂場でさえも野球のことばかり考えた。そんなとき、仲の良い同学年の大浦彬投手から、

「思ったことを言って、自分が先頭に立っていくキャプテンでいいんちゃう? 俺はどんな形でもついていくから、心配せんでいい」

と声をかけられ、心が楽になった。親友からの言葉で根が優しいキャプテンが心を鬼にした。食堂にナインを集めた。

「このままじゃ夏の甲子園にはいけない。全国制覇なんてできない。だから、同じ目標を持って、前を向いていこう」

と共通の目的意識を持つことを義務づけた。中村は振り返る。

「自分らで考えて練習や日々の取り組みをしていかないと意味がないと気が付いたんです。秋の敗戦が、見直すきっかけというか、自分たちが強くないということを知らせてくれたのだと思います」

ただ打って、守るだけではない。勝つために自分がチームで何ができるかを全員に考えさせた。自身は、

「自分が塁に出たら、勢いがつく。そのために何でも先頭に立ってやっていこう」

と決めた。攻撃時だけでなく、どんな時も矢面に立った。怒られ役や、嫌われ役などなんでもやった。甲子園でも、

「俺が打てば勢いがつく」

と先頭打者ホームランを放った試合もあった。核弾頭としてチームを引っ張ったのだ。主将としての仕事を1番打者の任務と重ね合わせ、遂行した中村は、試合を決める2点タイムリーを放ち、ベース上で笑顔の花を咲かせた。決して当たりは会心ではなかった。前進守備だったら、俊足の相手センターにとられていたかもしれない。だが、それは完全に中村の執念だった。誰のグローブにも届かないところに打球は落ちた。中村の苦労は報われた。最高の笑顔が輝いていた。

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「素晴らしい記事ですね。」

 

🐔
「実はこの大阪桐蔭のキャプテン中村選手は、中学生の時に総理大臣賞を受賞!こちらの作文も紹介するわね。」

 

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僕には、絶対叶えなければならない夢があります。僕には体に障害を持った友達がいます。体の右半分はマヒしていて、右手はブラブラしていますが、右足は少し動くので介助すると歩くことができます。

えん下障害もあるので食べ物は細かくきざんだ物にとろみをつけて介助でゆっくり食べられます。水分は多く飲めないでお腹に開けた胃ろうからチューブを通して注入します。それから失語症もあり全く声が出ません。文字盤も使えないので自分の意志を伝えることはできないのです。とても不便な生活を送っています。

その友達と知り合ったのは僕が小学五年生の頃、四年前です。僕が野球の試合に出るようになり、対戦相手だった子と友達になった。その子は同級生と思えないくらいに野球が上手だった。ポジションも一緒だった。試合にも負けた。僕はとても悔しかった。

「絶対に負けたくない」

この気持ちを胸に僕は一生懸命練習した。小学生の最後の大会の決勝戦でそのライバルのいるチームと戦った。延長戦で僕のチームが優勝することが出来た。でも僕は勝ったとは思えなかった。だから中学生になっても別のチームで戦っていくことを約束した。

しかしその友達のいるチームとの試合があっても友達はいなかった。友達は障害者になっていました。障害者になって三年になります。三年前のある日を境に突然障害者になってしまったのです。原因は病気です。本当に急な出来事でした。当時僕は大きなショックで友達を受け入れることができませんでした。そんな友達を見て、初め

「かわいそう」

だと思っていました。でも一生懸命にリハビリに取り組んでいる友達の姿を見ていると、僕は、「かわいそう」と思うのは良くない事だと思うようになりました。なぜかというと、人に対して「かわいそう」と思うことは、その人を見下しているように思ったからです。友達は障害を持ちながら一生懸命に生きているのに、上からの目線は傲慢で大変失礼なことだと思いました。このことは友達に対することだけではなく、全ての障害者に対して共通する気持ちです。障害者になりたくてなった人は誰もいません。そして誰もが障害者にならないという確率はゼロではないのです。友達のように突然、病気になるかもしれないし、事故にあってけがをしたり、またどんな災害に出くわしてしまうかもしれません。もし僕がそうなったとしたら、想像するだけでもつらいことですが、そんなとき僕は人から同情されたくないと思います。

「かわいそう」と思われたくないのです。人間はどのような障害を背負っていようとも、命ある限りは生きていかなければならないことはみんなに平等に与えられていることです。ただ生きていくための条件が良いか、少し悪いかという差だけのことだと思います。だから僕は障害者を見て「かわいそう」と思うことが許せなくなりました。

僕はお見舞いに行くと友達の車いすを押して出かけることがありますが、よく他人の視線を感じることがあります。自分と違う人を見ると違和感を持つ人が多いのだと思います。でも自分と人は違っていて当たり前なのだし、その他人を認めることは最も大切なことだと思います。世の中のすべての人が自分と違う他人を受け入れることこそ、差別のない社会の実現につながっていくように思います。友達のためにも、僕は野球を一生懸命頑張りプロ野球選手になり活躍します。

中村 誠(糸島市立志摩中学校3年)

平成23年度入賞作品 中学生部門最優秀賞「友から学んだこと」

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「中学生の時に書いた作文ですよね?」

 

🐔
「そうよ。これからもいろんな経験をして、さらに学びを深めて、ひとりでも多くの方に希望を与える存在になって頂きたいわね。優しい人が強さを持ち、強い心を持った人が優しい行動を取れると教えてくれていると思うわ。ほとんどの人が、きっと自分の中にある優しさを感じていると思う。でも、その優しい心をちゃんと優しい行動として誰かに伝えたりできているかというと、できてないことがいっぱいあるはずよ。」

 

🐥
「そうですね。私も上手く伝えられないときって、いっぱいあります。自分の心の中では、”そうではないのに…”と伝え切れないとき、相手に察してほしいって、ついつい思ってしまうこともあります。」

 

🐔
「そうね。もうどこからどう見ても優しいのに、実は人との関わり合いの中、つまりコミュニケーションにおいては、優しくない行動をとってしまったりすることもよくあるはず。優しい心を持っていても、優しい行動ができない人は少なくないわ。」

 

🐥
「そうですね。自分の中にある優しさは感じてはいますが、実際の行動で他の人に優しさを伝えることができてないっていうのは多いかもしれません。」

🐔
「自分の中にある優しさを、他の人に伝えるって本当に難しい。やっぱり行動しないと分からないことだらけだから、上手く伝えられなくても、自分の中にある優しく強い心は持ち続けないといけない。優しさは、そのまっすぐな強い心で他の人を正しい方向に導く覚悟だと思うわ。」

 

 

⭐参考サイト
鴨頭嘉人 公式サイト カモブログ🔥
“優しい心根があっても優しくない言動をしている人がいる。”

優しい心根があっても優しくない言動をしている人がいる。️️

 

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